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その言葉は悲しい

「私の兄は統合失調症です。」
さくらこさんの「私たちは変われる」にはそう書いてありました。精神障碍者への偏見がいまだに根強い中で、家族がそうした心の病を持つことを明かすだけでもかなりの勇気がいることをわたしは知っています。さくらこさんが、なぜブログでそのことを明かしたのかは記事を読んで察するしかなかったけど、泣けて泣けてしかたがなかった。わたしの近親者も統合失調症だからです。目に見えない恐怖に怯え戸惑い興奮してキョロキョロする目つきを思い出すと、言いようの無い悲しみや、将来への不安に捉えられて逃れられなくなるのです。

今ここに存在しているのに、存在を祝福されていないと感じている人がいる。

インターネットを見ていると、「キ印」とか「キティガイ」とか、そんな言葉をよく目にします。その文字を目にしたときのいたたまれなさを中々うまく言葉にできません。以前は怒りを含んだ感情がワッと起こったものですが、今はただ悲しい。「たとえ話」だとか「障碍者のことを言っているわけではない」と言われるでしょうね。でも、自分に理解できない「変な人」を、笑い、からかい、排除しようとする、その心の働きは同じなんじゃないかな。違うのかな。。。よく分りません。

目を三角にして「言葉狩り」をするつもりは無いです。必要な言葉は使えばいいと思う。でも、その言葉に打ちのめされる人がいることも知っておいて欲しいと思います。それから、理解できない人を目に見えない場所に追いやったり、存在を消し去るようなことはしないほうがいいと思う。一番理解できない人がいなくなったら、二番目に理解できない人、それから三番目、そして結局最後は自分だけしか残らないかも。ところで自分のことは本当に理解できているのだろうか、なんてふと思っちゃいます。

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/27123752.html
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