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保土ヶ谷宿?戸塚宿(2)

さて、境木地蔵尊の前もいくつもの道が交差していて、どの道を進んだらよいか迷いますが、信号を渡った正面の坂を下ります。この坂は焼餅坂と名前がついています。かつては茶屋が並び、名物の焼餅が売られていたということです。

23品濃一里塚
焼餅坂を下って、再び少し上ると品濃一里塚があります。日本橋から9番目の一里塚です。ここは珍しく道の両側に塚が残っています。このあたりは木立が鬱蒼としていて薄暗く、また道はぐっと細くなり、ちょっとした山道という雰囲気です。

この先、梨畑の間の細道が続きます。これが東海道?という感じ。だんだんと、ちゃんと本筋を行っているのかどうか不安になってきました。そして、とうとうやってしまいました。今回の歩き旅で初めて道に迷いました。品濃坂を下る途中で、環状2号線という太い道路を歩行者専用の陸橋で渡り、そこからまた旧道が続いているのですが、その陸橋が見つけられなかったんです。ずいぶん先まで行って、これはおかしいと気づき、「カン」で環状2号線まで下りて、なんとか国道1号線との交差点までたどり着きました。ほっ。。その先はしばらくは国道歩きです。

24益田家モチの木
不動坂の三叉路で再び国道1号線と旧道が分かれますが、この地点に立つのが益田家のモチノキです。樹齢300年とも言われる巨木で、江戸時代から名が知れていたそうです。現在では神奈川県の天然記念物に指定され、また県の名木100選にも選ばれています。

25旧家
柏尾町の旧道沿いにある古色蒼然とした豪邸。「鎌倉ハム」創業者の斉藤家のお宅だそうです。斉藤角次という人が、横浜開港に伴ってハム製造を始めたイギリス人に製法を学んで、明治14年(1881年)日本人による初のハム製造を開始した場所ということです。うーむ、ビールだけじゃなくてハムも横浜が発祥の地だったとは。

静かな旧道をしばらく行くと、県道22号線とぶつかります。これを右折してまた国道1号に合流して戸塚方面に向かうのが道筋です。ところが、ここで何を思ったか左折してしまいました。。。本日2回目の迷子です。いつまで歩いても戸塚に着かず、また迷ったか?と思ってると、向こうから来るバスの行き先表示が「戸塚駅行」になってます。。あわわ、長泉寺前という交差点まで1kmも反対方向に歩いてしまった。往復2kmも無駄足を踏んで国道に戻った頃には、もう日暮れ近くになっていました。

26戸塚宿江戸方見附
ダイエー前の交差点を過ぎてすぐ、道路右側のフォルクスの前に上方見附跡の碑が立っています。ようやく戸塚宿内に入りました。江戸時代の人は、早朝日本橋を発って戸塚宿で最初の泊まりとなるのが普通だったということです。ちなみに2泊目は小田原。京都まで14?15日程度で歩いたらしい。なんという健脚!
この後はJR戸塚駅まで歩いて本日の東海道歩き旅は終了です。戸塚駅到着は16時45分、神奈川新町駅を出てから5時間弱です。

?戸塚
保土ヶ谷宿?戸塚宿8.8km。日本橋から41km踏破。三条大橋まであと451.1km。

保土ヶ谷宿?戸塚宿(1) ← 保土ヶ谷宿?戸塚宿(2) → 戸塚宿?藤沢宿(1)
元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/51239466.html
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