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川崎宿?神奈川宿(1)

12月11日、川崎宿から神奈川宿まで歩きました。JR川崎駅を出発したのはちょっと遅めの14時ちょうど。

六郷の渡し
左:六郷橋たもとにある「六郷の渡し」の案内板。当然ですが、江戸時代には六郷橋は無く、渡し舟で多摩川を渡っていました。
右:渡し場付近から多摩川下流方向を眺める。写真は2枚とも前回六郷橋を渡ったときに撮影したものです。

川崎宿入り口
六郷橋を渡るとすぐに右手に旧道があります。ここが川崎宿の入り口。やはり前回撮った写真です。

京入り口案内板
川崎宿京入口の案内板。京に上るこの一人旅では川崎宿の出口です。「江戸時代後期における人口は770戸、 3,100人余りであり、伝馬役を負担する農民のほか、旅籠・大工・傘職・仏師・左官・桶職・経師・指物師などさまざまの商人や職人が住んでいた。」と書いてあります。人口3,100人って今から考えると少ないけど、昔だったらずいぶん大きな宿場だったんだろうな?と想像します。

宿場を抜けると八丁畷の真っ直ぐな道が続きます。「畷」とは田んぼの間の道。いわゆるあぜ道です。その長いあぜ道を「八丁畷」と呼んだのだろうと思います。

八丁畷無縁塚
京急八丁畷駅を過ぎたところにある無縁塚。この付近で江戸時代の数多くの人骨が発見され、1934年に地元と川崎市によって供養塔が建てられました。災害や飢饉などで亡くなった方々が埋葬されていたらしいです。

品川宿?川崎宿(2) ← 川崎宿?神奈川宿(1) → 川崎宿?神奈川宿(2)

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/51194011.html
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