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品川宿?川崎宿(2)

泪橋
立会川に架かる泪橋(現在は浜川橋と改称されている)。
史跡などを見たときに、最も強い印象が残るものの一つが刑場跡です。江戸の南の刑場として品川宿のはずれに鈴ヶ森刑場が、北の刑場として小塚原刑場が設置されていました。両方の刑場とも手前に川があり、「泪橋」と呼ばれる橋が架けられていました。「これら泪橋は、罪人にとってはこの世との最後の別れの場であり、家族や身内の者には、処刑される者との今生の悲しい別れの場。お互いがこの橋の上で泪を流したことから、この名が付けられた。」(ウィキペディア)

鈴ヶ森刑場1

鈴ヶ森刑場2
鈴ヶ森刑場跡。東海道の旧道と国道15号線の合流地点にあります。

鈴ヶ森刑場3
左は磔の柱の礎石、右は火あぶり用の鉄柱の礎石。礎石の穴の大きさからして、それほど太い柱ではなかったと思われます。現実にこの場所に立って、生きたまま火あぶりにされる苦痛を思うと頭がくらくらします。。。慶安4年(1651年)の開設から、明治4年(1871年)に廃止されるまで、ここで処刑された人々は10万人とも20万人とも言われているようです。「推定無罪」の原則など無く、被疑者の人権より治安維持が優先され、非科学的な犯罪捜査や拷問が当たり前だったことを思うと、冤罪で死刑になった人たちも少なくなかったろうと想像します。

刑場を見てすっかり気持ちが重くなって、その上にここからは交通量の多い国道沿いの歩道をひたすら歩くことになります。騒音と排気ガスにやられて非常に疲れます。。。

六郷橋
六郷橋。東京都と神奈川県の境を流れる多摩川に架かるこの橋を渡ると、いよいよ川崎宿です。

テント村
六郷橋下のブルーテント集落。遠くに見える高層ビル群で暮らしたり働いたりしている人たち、河原で生活する人たち、そして立ち尽くして考える自分。今日も同じ日本社会にそうやって生きています。

?川崎
品川宿?川崎宿は9.8km。六郷橋を渡りきってJR川崎駅についたのが15時ちょうど。歩いた時間は3時間半、歩数は19,543歩。三条大橋まであと474.58km。

品川宿?川崎宿(1) ← 品川宿?川崎宿(2) → 川崎宿?神奈川宿(1)
元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/51175524.html
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