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萌える著作権自習室 肖像権とは

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さて、今回は肖像権について考えていきます。

簡単に肖像権とはどんな権利か示しておきます。
(1)みだりに自分の肖像を作成されない権利(特に写真撮影)→消極的肖像権・撮影拒絶権
(2)無断で自分の肖像を公開されない権利→公表的肖像権・公表拒絶権
(3)無断で自分の肖像を営利目的に利用されない権利→パブリシティ権
(1)、(2)は一般的に人格権に含まれるとされ、これが狭義の肖像権です。
(3)は財産権ととらえられています。氏名・肖像などに顧客吸引力のある著名人の権利です。
パブリシティ権は次回にまわし、今回は狭義の肖像権について考えていきます。

著作権も理解するのに難しいのですが、この肖像権もまた難しい。。。著作権の難しさは、諸々の権利が入り組んでいる上に例外や制限も多く、権利侵害か否かの境界線が判然としないことですが、それでもまだ明文化された著作権法があります。しかし肖像権は現在の日本のどの法律にも明記されていない新しい権利なのです。それどころか、下級審はともかく最高裁判決では「肖像権」という言葉すら使われていないのです。だから厳密に言えばいまだ法的・社会的に確立した権利ではなく、「肖像権」とカッコつきにして「いわゆる肖像権」としてとらえておく必要があります。

法律に書かれていないのに、どうして肖像権が人権の一つとして尊重されなくてはならないのでしょうか?
肖像権の法的根拠、その大元は憲法第13条です。

第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

この13条を包括的人権規定といい、14条以下の個別の人権に書ききれない人権を守るため、あるいは社会が新しい人権を求めたときに対応できるように、基本的人権の基礎に「幸福追求権」を置く形になっています。この幸福追求権を根拠に、プライバシー権が認知されるようになり、更にみだりに写真を撮られたり公開されたりするのを拒む権利として肖像権が派生したというわけです。そしてこの肖像権を侵害した場合は、民法709条の規定により損害賠償の責任を負う、こういう理屈だてとなっています。

(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

これで肖像権侵害がどうして違法となるのかは分りました。

次に肖像権が判例でどのように認められてきたのかです。ちなみに、明文法以外に事実上の法として下級審を束縛するのは最高裁判例だけです。下級審の判例は「裁判例」という呼び方をして区別する場合もあります。最高裁が最初に肖像権を認めたとされる判例は「京都府学連事件」判決(最高(大)昭和44年12月24日)です。

憲法13条は国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる。そして、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしにみだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法第13条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。

初めて肖像権侵害の判断基準を判示して損害賠償を認めた最高裁判決が出たのは、ついこの間のことです。(「和歌山毒入力レー事件」損害賠償等請求訴訟平成17年11月10日判決)

人は、みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)。もっとも、人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許されるべき場合もあるのであって、ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。
また、人は、自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益も有すると解するのが相当であり、人の容ぼう等の撮影が違法と評価される場合には、その容ぼう等が撮影された写真を公表する行為は、被撮影者の上記人格的利益を侵害するものとして、違法性を有するものというべきである。

毒入力レー事件の被告の写真・イラストを雑誌に掲載したことが、肖像権侵害にあたるかどうか争われた裁判です。注意しておきたいのは、原審の大阪高裁判決が「肖像権」という言葉を使い、写真・イラスト全て違法と判断したのに対して、最高裁はなお「肖像権」の語を用いていないこと、一部のイラスト掲載は違法ではないとして高裁判決を破棄・差し戻したことです。

現在のところ肖像権はその及ぶ範囲や保護期間に関する明文規定がありません。侵害の要件もようやく判示されたばかりです。あまり安易に肖像権保護論が先鋭化するのは、ここでも他の権利、特に表現の自由との衝突が懸念されます。憲法の人権規定で、繰り返し「公共の福祉に反しない限り」「公共の福祉に適合するよう」という語句が出てくるのは、ある権利の保護は別の権利の制限と表裏の関係であるからです。権利と権利の衝突は「公共の福祉」の観点で調整されなければならい、これが人権を考えるときの原則です。

表現の自由とプライバシーとの関係は、メディア法制の「究極の問題」とも言われる難問です。プロ写真家が表現の自由と公共の目的を持って、目の前に起こっている現実をあるがままに撮り、その事実を伝えようとしても、意に反して個人のプライバシーを侵害してしまうといったことも起こりうるからです。いわば人権と人権との激しいぶつかりあいとも言えますが、「肖像権と表現の自由」とをいかに調整すべきか、最近示された最高裁の判断を見てもきわめて難しい問題です。その一方で、アマチュアがいとも簡単にWeb上で自らのコンテンツを公開できるようになった結果、自覚のないまま他人のプライバシーを侵害するといった憂慮すべき事態も生じています。
(社)日本写真家協会 平成18年度第1回著作権研究会「肖像権と表現の自由」?写真家は歴史の証言者たりうるか??の案内より引用 http://www.jps.gr.jp/news/2006/20060903/20060903.htm


引用した最高裁判例でも「人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許されるべき場合もある」としています。取材行為「等」として取材行為(報道目的)以外にも正当な撮影となる場合もあることを示しているのです。一方、肖像権侵害の要件が示されたことで不法行為かどうかの判断もある程度までできるようになりました。わたしたちのブログなどweb上での発信は、報道ではありませんが大切な自己表現の手段です。自分の記事での他人の肖像権の扱いについては、どうしてもそれが表現上必要性・必然性があるのかどうかとことん考える姿勢が必要ではないでしょうか。

蛇足ながら、不法行為の責任を追及するには「違法性の有無」「損害の発生」「因果関係」などいくつかの点について、侵害されたと主張する側が立証しなくてはなりません。明文規定のある著作権に比較して、侵害の認定のハードルは当然高くなります。肖像権に限りませんが、権利侵害=違法行為の問題を語るときには、つとめて冷静に論理的になる必要があると思います。

loveamitai

予告したとおり特別出演はらぶさん!無駄にエロいネコ耳網タイツ姿!
しかし無駄にエロいというより有効にエロい感じがするなり。。。
■らぶさんのブログ
http://sweetlovexx.seesaa.net/
http://d.hatena.ne.jp/sweetlove/
http://blogs.yahoo.co.jp/xxxx_sweet_love_xxxx (更新停止)

さ?て、来週もサービス、サービス。。じゃなくて勉強、勉強!!

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/21986268.html

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