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ぼやき&読書メモ

■実生活の方でやらなくちゃいけないことが溜まってきて、うっとおしい。色々清算してちょっと整理しなくちゃ。ぶつぶつ。。。

■土日は一泊会議で出かけますので不在でございます。疲れる。パンが焼けない。ぶつぶつ。。。

■太田典礼の「安楽死のすすめ」という昔の本を読み始めた。冒頭に「安楽死」を願う老人の新聞・雑誌へのいくつかの投書を示し、それから「未開社会の人べらし」について書かれている。

食糧補給の困難から、その集団にとって負担となる老人を強制的にココヤシのてっぺんに登らせ、その木を烈しくゆすぶって、もし老人が木から落下することなく無事に耐えるならば、社会に貢献し続けるに十分な力を持っているとみなされ、そうでない場合には老人の墜落死が問題を解決してくれたという。
(中略) 
ゲルマン人の間には、慢性病者を殺す風習があり、ビルマでは不治の患者は、縊死を遂げねばならなかったし、(中略) インドでは、見込みのない病人は家族に連れられてガンジス河畔に運ばれ、その鼻と口を神聖にされて泥土で塞がれ、河中に投入された。また昔、ギリシャ人達は、老人や病人、つまり社会の重荷である人々を、苦痛のない死によって彼岸へ送り込んだといわれている。

「安楽死のすすめ」p16

ここに描かれている「未開社会」の様子が本当のことかどうかは分らないが、あまり「安楽」な印象は受けない。そして「安楽死」が、「役に立たない」構成員を人為的に淘汰するという、社会集団からの要請に基づいて行われてきたことを端的に示している。のっけからこれで、どうやって「安楽死は人権」という主張に結びつけるのか。先を読んでみないと分らない。

■一方で、以前読んで感銘を受け、忘れられない記述があるので紹介したい。

 北海道西南部の入江貝塚から出土した人骨は数千年前、おそらく縄文時代後期に属すると思われるが、その両手足の長骨は長い期間使用しないために起こるいわゆる廃用性萎縮が著しい。この人物は生前ポリオかあるいはそれに類する病に侵され、その後遺症のために重い四肢マヒとなり、十数年間寝たきりの状態だっただろうというのです。稲作の普及による生活の安定などほど遠いこの時代に、このような重度障害者が生きていたわけです。
 もちろん、それを過大評価することは慎まねばなりませんが、少なくとも、それはわたしたちが学んできた障害者の歴史についての「常識」からはまったく予測できなかった事実です。なぜなら以下のように教えられてきたからです。おおまかにいって、障害者は原始時代や古代社会では遺棄されていた。中世では嘲笑され、やがて近世にいたって憐れみ・慈善の対象として遇され、曲がりなりにも人権を認められるのは、ようやく近・現代に入ってからのことだ、と。
 ところで、冒頭から私事で恐縮ですが、ふりかえっていえば、歴史学(日本古代史)を学んできたものとして、また障害者のひとりしとて、障害者の歴史を科学的かつ民衆の立場から研究してみようと思いはじめた当初から、右に紹介したような「通説」には不満を抱いていました。(中略)障害者はどこまでも「処遇の対象」にすぎず、その主体性はまったくといっていいほど無視されていたのがたまらなかったのです。

「障害者の中世」(河野勝行) まえがき

※出土人骨についての脚注
鈴木隆雄ほか、「北海道西南部の入江貝塚出土人骨にみられた異常四肢骨の古病理学的研究」『人類学雑誌』第92巻2号

著者も言うように、この人骨の意味について過大に評価することは慎まなくてはならないにしても、「未開社会」において、老人や傷病者や障碍者が押しなべて社会の「重荷」と見なされ淘汰されてきたというのは、それもまた思い込みかもしれない。

「みんなちがって、みんないい」ということについて、もっともっと話し合いたい。

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/46627954.html
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