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「死の自己決定権」(2)

前記事「死の自己決定権」に色々なご意見をいただいて、もう少し思うところを述べてみたくなりました。ただ、わたしがこの問題についてきちっとまとまった意見を持っていて、それをアピールするという性質のものではありません。前記事もこれ以降の記事も自分の「ゆらぎ」、思考の股裂き状態を公開するだけのものです。また、議論して何か結論やコンセンサスを得ようとも考えていません。ただ、現代に生きるわたしたちそれぞれにとって、生命倫理や死生観について考え続けることはとても重要なことだという気はしています。

さて、今回はワンクッション置くために、「一遍聖絵」のことを書きます。生涯を遊行(遍歴・漂泊)のうちに過ごし、書物・経典を残さず、教団を作らず、自分が死んだら墓など作らずに遺体を捨て置いて獣に施せと遺言した一遍上人が大好きなのですが、ここで詳しく紹介するのが目的ではないので興味のある方はググってみるか、ウィキペディアなどを参照してください。「生ずるは独り、死するも独り、共に住するといえど独り、さすれば、共にはつる(果つる)なき故なり」、これ読んだときグッと来たんですよね。。。

「一遍聖絵」というのは、一遍上人の生涯を描いた絵巻物なんですが、一遍の入寂(死ぬこと)の場面の後に入水自殺する人たちが描かれています。

入水大
これは「歓喜光寺本」と呼ばれるものの一部です。左の方に入水する時衆(弟子達)が描かれていますが、右の方の白覆面の人に注目してみます。

入水2面
上の画像のアップと、「一遍聖絵」の「御影堂本」と呼ばれるものの同じ場面です。被差別民の歴史に詳しい方ならすぐに分ると思いますが、当時こうした白覆面を被っていたのは「犬神人(いぬじにん)」か「らい者」(ハンセン氏病患者)で、いずれにしても社会から疎外・差別されていた人たちです。「歓喜光寺本」では右の方の岸辺で手を合わせているのは僧(時衆)ですが、「御影堂本」では同じ白覆面の二人が描かれています。

臨終
実は「一遍聖絵」にはこうした白覆面の犬神人・らい者のほかにも、「非人」、身体障碍を持つ「乞食(こつじき)」など、数多くの賎視され差別される境遇の人たちが描かれています。一遍入寂の場面にも、嘆き悲しむ人々の間にやはり白覆面の人々が立ち混じっています。

「一遍聖絵」に多くの被差別民が登場し、一遍入寂後に時衆とともに彼らもまた入水した様子が描かれていることから、一遍が被差別民にも分け隔てなく接し、彼らが一遍の説く極楽浄土に救いを求めたことが伺われます。入水は今で言えば自殺ですが、この入水は、一遍と共に死することによって仏の救いに確実に結ばれて極楽浄土に旅立つ「結縁(けちえん)」と意識されていました。社会からはじき出され、常に死と隣りあわせの境遇で、生きることが苦しむこととイコールであるかのような、被差別民の日々の暮らし。その過酷さを想像すると、白覆面姿の入水、またそれに手を合わせながら生き続ける同じ白覆面の図に言いようのない感慨を覚えるのです。

網野善彦はこの場面について、次のように書いています。

つまり臨終のちかくなった一遍につき従ってきていた犬神人たちは、最後の説教のときにはまだ門外に身を置くという遠慮がちな姿勢を保っていたのですが、一遍の臨終にあたってその姿勢を捨て去り、門内に入って多くの人びととたちまじって一遍の死を見送り、ついにそのなかのひとりは入水往生を遂げる。いわば非人が一遍に結縁し、一遍のあとを追ってともに往生するという、感動的といっても決して過言ではない場面を、絵師はこのいくつかのコマで描いたと見ることができると私は思います。
「日本の歴史を読みなおす」p127-128


こんな昔の話が何の関係があるのかと思われるかもしれませんが、わたしは人は自分の「生まれかた」を選ぶことはできないが、「死にかた」を選ぶことはできるのだと思うのです。どうやって生きてきたかもその人だけのただ一つの人格の現れだし、どのように死ぬのかもまた人格・個性の現われだと思います。不慮の突然の死は別として、どのように死ぬかを選ぶことはその人だけの固有の権利だと思います。それは積極的な自死=自殺でも、消極的な自死=医療行為・延命措置の拒否であってもそうです。わたしはここだけははっきりしています。「尊厳死」と呼ばれる死について、それが自らの選択である限りわたしは否定的ではありません。

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/46489071.html
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