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わたしが転載機能を使わないワケ

モランさんに謝らなければなりません。色々迷ったのですが正直に書かせてもらいます。

そちらの記事が転載記事だということに先ほど気づきました。昨日は深夜で目がショボショボしていて、その上酩酊状態でした。これまで見聞きし議論してきた体験の上で、わたしはYahoo!ブログの転載機能は不要かつ有害なものだと考えるようになっています。記事を丸ごと転載しなくても、自記事での引用・リンクによる紹介でことは足りると思うからです。(転載機能に関する記事を集めた書庫も設けています。)
モランさんが元記事に心を動かされ転載した気持ちを察することはできます。しかしそれでも、他の方の書かれた記事を、モランさんが書いたと勘違いしてコメントしたりトラックバックしてしまったのはわたしのミスです。わたしはモランさんの書くものが好きだから継続して読み、時折コメントしてきました。そしてモランさんの書いた言葉に繫がりたくてトラックバックしてきました。それが他の人の言葉だったのは、自分にとっては残念なことだし、モランさんには申し訳無いことです。
ガザ/プリーモ・レーヴィ コメント欄


転載機能について書くのは打ち止め
にしたのですが、この機会に転載機能に対する自分自身の感じ方を書いておきたいと思います。

転載機能が引き起こす著作権・肖像権の問題やチェーンテキストの問題については、2005年1月のYahoo!ブログサービス開始直後から長い議論が積み重ねられてきました。サービス提供者に要望を出したり、サービス利用者(ブロガー)に広く注意を喚起するには、転載機能の直接的な有害性についての議論が必要だったし、それが2007年2月の仕様変更という画期的な成果に結びついたとも考えています。しかし、自分自身が以前転載機能を何気なく使っていたのを振り返ってみて、一番気になるのは【文責】の所在という問題です。非公開でノートに書いたり、内輪のメーリングリストに書いたりするのではなく、全世界の不特定多数の人にブログ記事を半永久的に公開する責任。

今現在の考え方・感じ方が何年たっても変わらないという人はいるでしょうか。正しく・間違いなく・有益で、絶対に誰の害にもならないことを書き続けることなんてできるのでしょうか。少なくともわたしは、その時点での自分の知識と考え方でしか文章を書けません。そして、わたしは人の知識や考え方はどんどんと変わっていくものだと認識しています。いつ自分の書いたものが不正確であると思うようになるかもしれない。また、自分の書いたものが誰かを不当に傷つけているかもしれない。そのことに後から気づくことがあるかもしれない。修正したい、消してしまいたいと思うこともあるかもしれない。そのとき、転載機能によって自分の手を離れた記事があったとしたら、それには一切手を触れることはできません。転載記事は修正不可だし削除も自分ではできないのです。転載先に削除を『お願い』することは可能ですが、『お願い』が実現する保証はありません。(実際、昨年目撃した転載事故では、転載先が放置ブログとなっていたり削除拒否したりする場合があった)そもそも転載先を全て把握することが不可能です。つまり、自分の書いた文章の責任を果たすことができなくなってしまいます。だからわたしは、転載機能を使って自分の記事を転載させません。

どんなに共感・賛同する記事があっても、その表現が巧みであっても、そもそも書いた人と自分は別人であって、全く同じ感じ方や考え方をすることはありえません。自分の主張や感情は、自分の言葉でしか表現できない、他人の言葉で置き換えることはできないとわたしは思います。転載記事に共感・賛同コメントがついても、それは自分への共感・賛同ではない。記事内容への批判や疑問が寄せられたとき、元記事作成者に成り代わって反論したり記事のソースを示したりすることもできない。つまり転載記事への文責は果たしようがないのです。「わたしは転載しただけ」という逃げはしたくない。転載元が「あなたの責任で転載したのだ」と言ったとしたら、または何らかの理由で転載元が放置となったら、責任は宙に浮くことになる。だからわたしは、転載機能を使って他人の記事を転載しません。

転載させない・しないというのは、つまりわたしは自分の尻しか拭けないし、拭くつもりもないということです。

         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

盗作したハウツウ記事を転載させるとか、他人の作った画像やブログパーツをかき集めて転載させるとか、それで傑作クレクレとか、ファンポチしてしてとか、そういうくだらないのはまず論外。捨て犬を救おうとか、いじめを無くそうとか、戦争反対とか、以前のわたしだったら転載しちゃったかもしれない内容でも、やっぱり今は転載しない。「良いことをみんなで広めよう」という「善意」が集合した場に、そこはかとなく胡散臭さを感じてしまうのは、何年かブログやってスレた証拠かな。自分のヘソもずいぶん曲がったもんだと思う。でも、とにかく自分のブログは等身大の自分の言葉で書いたものしか置きたくないのです。

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/46071963.html
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