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牛男さんの「『善意』についての五つの省察 」を読んで

「人間は天使でも、獣でもない。そして、不幸なことには、天使のまねをしようと思うと、獣になってしまう」(パスカル)存在である。それは善を望む気持の否定ではない。善を望むことと、「善意」を大声でまき散らすこととは全く違うから。躓きながらも求める人。そのような人から漏れる言葉。私が欲しいのはそうした言葉だ。

マラヤ通信の牛男さんの記事「善意」についての五つの省察はこう結ばれています。いわゆる「善意の転載」について触れた記事でもっとも印象に残った記事です。わたしにはこの牛男さんの記事に、あえて付け加えたり差し引いたりする言葉はありません。ついつい溺れる犬を叩いてしまいがちなわたしにとって、この文章はじんわりと効いて来ます。この問題についての静謐で自省的な言葉がこうして残された、だから今回はわたしの舌足らずな文章で「善意」について云々する必要がなくなったというわけです。なんでも語ればいいってもんじゃない。おけけナイジェルさんはてなブックマークで「何も付け加えることはない。心の底から同意したい。」と書かれていますね。

その省察の背景には1982年 タイの憂鬱がある。この記事を読むたびに涙が出て仕方がない。しかしまた一方で強くあれとわたしを励ます記事でもあります。

(バンコック中央駅前の安宿内で)
部屋から出ていくように促しても、あいさつのときにタイ人がよくやる、両手を合わせて拝むような仕種を繰り返すだけだ。胸がふくらみかけたばかりのこんな少女を抱けというのか。ここに泊まらせてほしい、そうでないと今晩泊まるところがない。それに、お金をもらわないで帰るとしかられる。そんなことを言っていたのだと思う。手持ちの金はほとんどないが、わずかの金を渡して帰ってもらう。

牛男さんの文章はディミニッシュ・コード(減3和音)の響きがあります。牛男さんはブルースに造詣が深いので、はは?ん!と感じられるでしょう?音に一種の苦味が混じりこんでいる。ルートが無い不安定な響き、和音自体が解決を希求する響き。

ロバート・ジョンソンの話も、クラプトンやピーター・グリーンの話もとても楽しかったです。また近いうちにぜひ!

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/24520518.html
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