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大阪レポート【8】飛田遊郭

釜ヶ崎訪問初日の夜、交流会をやるために居酒屋さんに向かいました。その途中で、通りの両側に小さな間口のお店がずらりと並んでいる場所がありました。どの店も入り口は開いていています。玄関先はピンクやオレンジの照明に照らされていて、カワイイ系のクッション(座布団?)が置かれています。一見して何か普通ではない印象を受けました。何軒目かの店で、その玄関先のクッションに肌を露出した服装の女性が座っているのを見てびっくりしました。これはどういうことかと案内してくれている地元のスタッフに尋ねると、「売春だよ」という答えが返ってきました。「大阪すごいでしょ。なんでもむき出しだから。堂々と顔見世して売春の営業してるなんて東京じゃ考えられないよね。」全く予備知識が無かったのですが、ここは旧赤線地帯がそのままに残っている、飛田遊郭または飛田新地と呼ばれる街でした。

飛田遊郭のこれらの店は「料亭」、女性は「仲居」ということになっているそうです。しかし料亭というのはあくまで表向きで、料理が出されることはなく、1956年の売春防止法施行以後も実質的に赤線は存続してるということです。売春行為は客と仲居との自由恋愛という名目で。店は「飛田料理組合」に束ねられ、組合は女性従業員の性病検査なども「きちんと」行っているそうです。大阪府ではソープランド営業が許可されていないということなのですが、これはソープランドよりさらに露骨な管理売春としか思えません。

お店には大体中年過ぎの女性が腰掛けていて、物色している客に「いい子がいますよ」なんて声をかけています。クッションに座ってる女性は、あまりケバくなくてきれいな方が多かったように感じました。とても複雑な気持ちになって頭がグルグルしました。

飛田遊郭1
夜にはさすがに写真が撮れなかったので、飛田遊郭の昼間の様子です。

飛田遊郭2
昔は遊郭の周囲は、外界との出入り口である大門以外は高い壁で囲まれていて、女性の逃亡を防いでいたとのことでした。一部壁が残っていました。高さは4?5mほどもあったでしょうか。かつては「嘆きの壁」と呼ばれていたそうです。身売りされて苦界に身をおいた昔の遊女の嘆きが聞えてきそうでした。時代は変わりましたが、本人や家族あるいは連れ合いの多重債務のために、ここで働く方も多いと聞きました。だとしたら、「時代の変化」は表層のことに過ぎないのかなと思いました。


※売春に関して、セックスワーカーに関して、どう考えたらよいのか自分でも整理できていません。性差別の問題、自己決定権の問題、パターナリズムの問題、などなど考えるべきことが多すぎです。色々迷ったのですが、やはりコメント欄は閉じておくことにしました。

■大阪レポート・シリーズ
 大阪レポート【1】 イントロダクション
 大阪レポート【2】釜ヶ崎(1)
 大阪レポート【3】釜ヶ崎(2)
 大阪レポート【4】釜ヶ崎(3)
 大阪レポート【5】釜ヶ崎(4)
 大阪レポート【6】釜ヶ崎(5)
 大阪レポート【7】釜ヶ崎(6)
 大阪レポート【8】飛田遊郭
 大阪レポート【9】新世界
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元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/44157276.html
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