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夢の話

びびびーっとつながりました!!我ながら大興奮です!!何がつながったかとというと、言語化された思考と言語化されない(できない)世界、夢の不思議さ・面白さ、無意識の世界。。。こういうキーワードが最近浮かんでは消えてたのですが、これが、京都旅行中の牛男さんのマラヤ通信「牛男とぱっぷくのシパング訪問記2」に出てくる「明恵上人」でパッとつながった!

明恵上人で思い出したのは、おちゃーさんの「夢を生きる」です。

マレー半島に住む、セノイ族は警察や監獄、精神病院を必要としない。
それはセノイ族が夢を大切にするかららしい。
幼少の子供が夢を見ると、年長者は耳を傾けてやる。そして見た夢について客観的に助言をするのだ。落ちる夢をみれば、どこに落ちた?どんな景色だった?怖がってそれをよく見なかったのは残念だという具合に。
子供は無意識の中でそれを覚えていて、次の日にその夢についてより詳細に見るようになる。そのようにしてセノイ族は夢を生きるのである。
夢を大事にして精神の健康を保っているのだ。

言い換えれば、夢を生きることを通じて自分の無意識と対話しているのだと思われる。
トラヴェリン・マン「夢を生きる」

牛男さんがマレーシア在住というのもこれまた奇遇です。

わたしの記事、「シトロン」「種石」は、自分が実際に見た夢の記憶を再構成したものです。夢=視覚イメージで、それを言語化するのは面白いなぁと思っていました。しかし、書いているうちに、夢というのは本当に全く視覚イメージだけなのかとふと思いました。例えば「シトロン」の夢では、何故か夢の中で柑橘系の香がしたような気がするのですが、夢を見るときには嗅覚も動員されているのか。それとも「柑橘系の香」という言葉(言語)が夢の視覚イメージの中に割り込んで来たものなのか。あと、喊声とか、銃声とかも聴こえたような気がするんだけど、あれは本当に「音声の夢」なのか、夢の記憶を再構成するときに、視覚イメージに対応して挿入されたものなのか、とか。

種石くんは中学の時のクラスメートで、何故特に親しくもないのに夢に出てきたのか不思議なんですが、それはさておいて、あの夢ははっきりカラーで無音でした。でも、それも目が覚めた後でそう意識してしまったのかも知れない。本当に夢の中で音声で会話を交わしたのか。なにしろ夢ってのはハッキリ分りませんよね。。。

あと、ウチのネコは寝ているときに明らかに夢を見ているように見えます。まぶたが痙攣したり、足がぴくぴく動いたりするし、突然びっくりしたような顔でがばっと起きてきょとんとしているときがあります。動物でも夢を見るのでしょうか。視覚や聴覚に障碍がある場合どんな夢を見るのでしょうか。外の世界を知らない胎児はお腹の中でどんな夢を見るのでしょうか。ものすごく気になって来ました。



ちゃあじ子さんの「言語で考えるシリーズ」(勝手に命名)にも刺激を受けています。今日はこんな感じでアップしますが、続編でふれていきたいな?と考えています。

※視覚障碍者の夢については2ちゃんねるのスレッドがありました。まだ全部読んでいませんが、全盲の方も登場してかなり興味深い対話が残されています。
目が見えない人でも、夢をみるのか?

※おちゃーさんのところで紹介されていた河合隼雄の「明恵 夢を生きる」を、遅ればせながらアマゾンで注文しました。ついでに白洲正子の「明恵上人」も一緒に。

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/43348956.html
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