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シンクロ率400%

先日「新世紀エヴァンゲリオン」を見終わった。
時間が経たないうちに今のイッちゃってる状態を記録しておこう。
10年前のアニメだし、社会的にインパクトのある作品だったのでご存知の方は多いと思う。
ネタバレ等気にせず書くので未見の方はご了解ください。というか、
見ていないと何を言ってるか分からないと思うし、ネタバレしてつまらなくなるような話じゃないし。

最初から謎だらけで展開も早くついていくのがやっとだったが、まあ予想の範囲内。
序盤は明るいエピソードも多く単純に楽しい。中盤から様子が変わり登場人物の内面描写が多くなって、
話はどんどん暗くなる。そして終盤。。。
テレビ放映版の最終二話は賛否(否が圧倒的に多かったらしいが)の分かれるところ。
若干の予備知識もあったのでわたし自身は唐突には感じなかったが、
夕方という放映時間と一応子供対象のテレビアニメということ考えると、あまりに異色な終わり方だろう。

うーん。。。そういう感想を書きたいんじゃないな。一回見ただけじゃ分からない細かな設定や、
心理学や哲学、あるいは宗教的な観点からの考察なども興味はあるけど、
そういうものを超えて、直接わたしに入ってきてしまったもの、これはなんだろう?

綾波レイ。とりあえず副主人公的キャラだが、わたしにとっては「エヴァンゲリオン」は綾波レイの物語だ。
誰とも会話らしい会話も無く、いつも無表情。自分を作りコントロールするグル=碇ゲンドウ以外に
微笑みすら見せず、薄汚れて装飾も何もない殺伐とした部屋に一人で住むレイ。

機械のような14歳のレイが同い年の碇シンジに少しずつ心を開く過程が切ない。
第六話「決戦、第3新東京市」のラスト、大破したエヴァ零号機のエントリープラグの焼けた扉を
ゲンドウと同じように素手で開いてレイを助け出したシンジ。
「自分には他になにもないってそんなこと言うなよ、別れ際にさよならなんて悲しいこと言うなよ」
泣きながら話すシンジに向かって、
「ごめんなさい、こういうときどんな顔すればいいのか分からないの」とレイ。
「笑えばいいと思うよ」そして微笑むレイ。
第拾四話「ゼーレ、魂の座」での機体相互互換試験の際のレイの詩的なモノローグも印象的だ。
そして、初号機に乗った感想を聞かれレイは「碇君の匂いがする」と答える。
シンジは零号機に乗って、「綾波の匂いがする」と言う。
エヴァンゲリオンはヒトであることが気恥ずかしくなるくらい生々しく伝わってくる。
。。。いずれ全会話を拾いたいな。

繰り返し出てくるLCLの水槽の中で漂うレイ。スペアパーツのレイの笑顔が悲しい。
水槽の中のレイは「海洋蛋白研究所」のわたしと同じイメージだ。知ってる人は少ないけどね(笑)
手塚治虫の「火の鳥」にも同様のイメージが出てくる。

そして劇場版(映画)の最終話。
レイは最後の最後に、グルであり父であり救済の対象である碇ゲンドウを裏切る。
「私はあなたの人形じゃない」「私はあなたじゃないもの」
すがるゲンドウを振り返りもせず「だめ、碇君が呼んでる」とつぶやき、
生命の源、母なるリリスと融合するレイ。「ただいま」「おかえりなさい」
次々と死体、そして生きた人をLCLに変えながら巨大化するレイ。
何もかも飲み込み極限まで巨大化して人類を補完するレイは「遍在」のイメージだ。神の遍在。
LCLの海で溶け合って一つになったシンジにまたがるレイ。
これがセックス?ヒトとヒトが形の無いものになって心と宇宙が一つになるの?
「エヴァンゲリオン」にはセクシュアルなイメージが数多く提示されるが、
この最終話のメタフィジカルなテーマにフィジカルなイメージを持ってこられると、恍惚としてしまう。

「他人の存在を今一度望めば、再び心の壁が、全ての人々を引き離すわ。また、他人の恐怖が始まるのよ」
レイは言うが、LCLの海で全能となったシンジはしかしもう一度形と区別のある世界を望み、
不自由な世界、天地左右があって他者のいる世界を自ら創り出す。
望むこと全てがかなう羊水の中から不自由な外界に生まれ出た赤子が泣き叫ぶように、
シンジはアスカの首を絞める。そして「きもちわるい」というアスカの言葉で全てが終わる。

ヒトとして作られたレイがヒトであることに目覚めていくのは、当然といえば当然だ。
そういう意味では碇ゲンドウはマヌケだ。
ゲンドウにとってレイは、妻ユイのこの世界での代替品、娘、奴僕であり、
人類補完計画という神事のための巫女、つまりユイとの再会を果たすためのナビゲーターだった。
シンジにとっては母であり妹であり恋人であり、ついには神となり宇宙と生命そのものとなったレイ。
多義的な存在であるがゆえに存在の希薄さが際立つレイだが、レイもまた葛藤する内面を持つヒトだった。
やはり「エヴァンゲリオン」はレイの覚醒の物語。そこにシンクロしちゃう。
使徒がレイに侵入、苦痛にのけぞるレイと物理的に融合してボコボコ筋が浮き出るシーン、
これまたセクシーで強烈なんだけど、ちょうどあんなふうに「エヴァンゲリオン」の発した問いが、
わたしに侵入した感じがする。でも問いの意味も答えもよくわからない。
生きるためにとりあえず整理して見ないようにしておいたことを、箱をひっくり返してぶちまけられた感じ。
ここから先はとてもブログには書けない。わたしの存在に関わることだから。

世間には綾波レイに憑りつかれた「アヤナミスト」が大勢いるという。
わたしもアヤナミストなのかな?それとも綾波レイになりたいのかな?

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/18965200.html
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