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死刑

宮崎勤の死刑が執行された。

死刑で人の命が絶たれることに、いつまでたっても慣れない。吐きそうになる。宮崎勤は病気や事故で死んだのではない。悪意を持って殺害されたのでもない。秘密裏にコソコソ殺されたのではない。この社会の構成員の大方の同意の下に、合法的に、オフィシャルに、殺されたのだ。皆が皆、口をそろえて「人命尊重」という、その同じ口で「死刑は当然」、「止むを得ない」と言う。人命はなによりも尊重されるべきか、されるべきではないのか、どちらか。この国で死刑制度が支持され存続しているということは、されるべきではないということを示している。つまりこの国では人命より優先しなくてはならない何かがあることを示している。しかし、人命は尊重されなければならないが、例外的に殺されてもいい、殺されるべき命があるという理屈はすっきりしない。どうしても強烈に違和感がある。頭がグルングルンしてしまう。

拘置所で宮崎勤が絞首刑になり、一つの命が消された日も、わたしは電話をかけ、テレビを見て笑い、電車の中でうとうとし、カレーライスを食べた。目に映る光景は毎日の日常となんら変わりがない。でもなにかフワフワ、フラフラする。死刑報道を聞くたびに感じるこの非現実感、世界が虚像のように見える感覚も、日が経つにつれまた薄れるだろう。次の死刑が知らされるまで。

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迷いましたがコメント欄は閉じておくことにしました。この場での死刑制度反対・賛成の議論は望みません。両論ともずいぶん見てきたのですが、わたし自身の態度はまだ決められないでいます。これから先も、自信をもって賛成・反対と言い切れないままかもしれません。

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/42700805.html
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