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最後に

今のありさまは、散らかり放題に散らかった部屋のようで、これをきれいに片付けることはわたしにはできそうにありません。出るのはため息ばかりですが、全てはわたし自身の軽率な私信の投稿から始まったことと反省しています。また、わたしの側からは誤読・誤解・曲解と見えることでも、きむろみさんがそう読んだといういうのは厳然たる事実です。ものの考え方や感じ方が真逆ということもなく、言っていることはそれなりに理解できても、コミュニケーションの方法、人と人の距離感、その距離の詰め方、こういったことが違うと意思の疎通そのものが難しいのだということが良く分りました。苦しいけれども、そのことを実地に学べたのはプラスだと思いたいです。

今回の件を敵味方の戦いのようにとらえている人がいるのは残念でした。このようなことで、敵陣営・味方陣営に分けるという発想はわたしにはありません。戦争ゴッコに付き合うつもりもありません。きむろみさんもそうであってほしいと願います。


直近のきむろみさんの二つの記事に少し答えます。

■私信の公開について

「晒す」という言葉自体に、相手のデメリットを認識していることが示されています。報復ないしは制裁としての私信の公開ということです。相手の内緒コメントの悪質さが耐え難い場合でも「晒す」のには賛成できません。「自力救済」、「自救行為」などのワードで検索してみてください。

■「手紙」を短くまとめた三点のご意見について

>1.交流や信頼の枠を超えて人の意見に耳を貸していただきたい。
  大切なのは発言してくれた「人」ではなく、その「内容」
そのように努めたいとは思いますが、説教族を容認することはできません。わたしの現在の意見は申し上げたとおりです。

>2.対話は心を持って臨んでいただきたい。言葉は理や知を語るだけのものではない。
  感情は理に劣らずときに理よりこわい(強い)もの
わたしのブログでのコミュニケーションの方法は、言葉で明示することです。「心を持って」というのが、言葉で明示されていないものを読み取る、言葉で明示せずに伝えるという意味なら、わたしには難しいと感じます。
また、論考に限って言えば、感情を直接のベースにしないことを心がけています。感情はしばしば非合理だったり不条理だったりします。

>3.他人の傷を自分の議論に利用しないでいただきたい。
「利用」という言葉を使うことはえげつないと感じますが、あえて使用してみます。「利用」とは、自らの利(目的)のために用いること。一般的に言って、ある不幸な事態を、主張の論拠にしたり実例として「利用」できなければ、おおよそ社会問題の論評は成り立たなくなります。「利用」の仕方に節度や心遣いが必要なことはもちろんです。
性暴力そのものや、「自業自得」論による二次被害を無くしたいという目的のために、被害者の「傷」を用いるのは間違っていないと思います。目的と「傷」は隔たっていません。一方、「敵」を非難・攻撃するという目的のために、「誰それは他人の傷を利用している」と言うのも「傷」の利用です。しかし目的と「傷」は遠く隔たっています。「自業自得」論者花岡信昭氏が沖縄少女暴行事件を「利用」して反基地勢力を叩いたのと同じ論法です。(参照性犯罪と「自業自得」論(1) )「敵」を撃ったつもりが、その批判はブーメランのように戻って発言者を撃ちます。「敵」を叩くにしてもあまり上手い戦法とは思えません。
きむろみさんのご意見が、せせこましい「敵味方観」によるものでないことを信じたいです。

■連絡事項

・わたしの関連記事は当面公開のままにします。きむろみさんが非公開を希望された場合は非公開とします。
・きむろみさんのFC2の私信記事の公開の是非については意見はありません。ご自由に判断してください。公開される場合、わたしのコメントも含めて公開していただいて結構です。

        ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

それほど重要でないことについて、モヤモヤをはらしたいというだけの理由で、衆人環視ではない形で投稿したこと、これが今回のわたしの痛恨事です。

■追記08/06/07
文末三行削除しました。


元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/42423778.html
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