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性犯罪と「自業自得」論(2)

 数年前にあった米兵による暴行事件の公判を傍聴したときのことが忘れられない。証言台に立った被害女性に、米兵の弁護人が尋問した。「あなたはアメジョですか」。被害を訴えればこういう目に遭う、という見せしめだと感じた。

 基地内に連れ込まれて乱暴された女性が、周囲の中傷に遭い、県警に出した被害届を取り下げたケースも見てきた。

自己責任論にNO 女性団体、立ち上がる 米兵事件 asahi.com


「アメジョ」とは初めて聞いた言葉だが、この記事によると「米兵と親しくする女性たちを快く思わない人たちが反感を込めて使う言葉」だそうだ。

今回の沖縄の事件の様相には、米軍基地の集中する沖縄で米兵によって引き起こされたという特殊性があるのは確かだと思う。しかし、事件を全て米軍基地問題に流し込んでしまうのは一面的だと思う。沖縄から米軍基地がなくなれば、沖縄での米兵による性犯罪はなくなるかもしれない。だが、性暴力は米兵の専売特許ではないのだ。依然として沖縄での性暴力はあり続けるだろうし、他の都道府県でも、他の国でも同じだ。これまでどおり世界のいたるところで男は女を強姦し続けるだろう。米兵がいなくなれば、「アメジョ」という言葉は使われなくなるかもしれないが、性犯罪の被害者は「隙があった」「落ち度があった」「自業自得だ」と責め続けられるだろう。

本質的には性暴力・性犯罪というのは、基地問題ではなくて、男と女の支配・被支配、抑圧・被抑圧の問題だ。かつて強姦は女性の人権(性的自由・自己決定権)の侵害ではなく、父または夫の財産権の侵害と見なされてきた。いまだにそういう思想は「世間」にはもちろん、司法の場にも根強く残っている。だから、加害者が裁かれるべき裁判で、被害者が裁かれるのだ。「十分に抵抗したのか」「普段から貞淑か」「付け入る隙を与えたのではないか」「アメジョではないか」と。「注釈刑法」(団藤重光・著)という刑法の条文逐条解説として権威のある書物の強姦罪の項には、「ささいな暴行・脅迫の前にたやすく屈する貞操の如きは本条(刑法177条)によって保護されるに値しないというべきであろう」と書かれているそうだ。

そして、性犯罪における「自業自得」論は、男女の権利の不均衡という現実を補強し再生産し続ける方向に働き続けるのだ。

■参考
レイプ被害を考える その4 被害者なのに「貞操」が問われるなんて。「池袋事件」は、あなたへの差別です
オンナの技術或いはセクシュアリティの大冒険

つづく

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/40015527.html
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