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モーターサイクル・ダイアリーズ

モーターサイクル・ダイアリーズ 通常版モーターサイクル・ダイアリーズ 通常版
(2005/05/27)
ガエル・ガルシア・ベルナル、ロドリゴ・デ・ラ・セルナ 他

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前の記事思い出に残った映画をアップしたとたんに、入れ忘れた映画をどんどん思い出した。エルネスト・チェ・ゲバラの南米縦断旅行を描いた「モーターサイクル・ダイアリーズ」もその一つ。

もしわれわれが空想家のようだと言われるのならば、救いがたい理想主義者だと言われるのならば、出来もしないことを考えていると言われるのならば、何千回でも答えよう、『その通りだ』と。

ゲバラのことをもしよくご存知でない方は、とりあえずウィキペディアを参照してください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BB%E3%82%B2%E3%83%90%E3%83%A9

1952年、アルゼンチンのブエノスアイレスの医学生だった23歳のゲバラは、友人のグラナードとともに1939年製のオンボロバイクに二人乗りして南米最北端のベネズエラ目指して旅に出る。バイクが転倒したり、テントを風で飛ばされたりの珍道中に思わず笑ってしまう。アンデス山中奥深く進み、その日暮らしの鉱山労働者、地主に土地を追われたインディオといった貧しい人々と出会い、南米の現実を目の当たりにして旅の様相が変ってくる。そして、ペルーのハンセン病療養所での滞在。治療を手伝い、患者と触れ合いながら、ゲバラは自分の生きる道を模索する。療養所から贈られたいかだでアマゾンを下り、コロンビアを通りベネズエラにたどり着き旅は終わる。ゲバラとグラナードはここで別れる。

映画のあちこちで描かれる、ゲバラのバカ正直さと無鉄砲さが好ましい。わたしは「尊敬」という感情が今一つ分らないのだが、「憧れ」や、「こういう人になりたい、でも無理」とか、「こういうボスにアゴで使われたい」とか、そういうことだとすると、たった一人だけゲバラがあてはまるかも。

再び私は踵の下にロシナンテの肋骨があたるのを感じています。盾を腕にかけ私は道を引き返すのです。

時々は、この二十世紀のちっぽけな冒険的兵士のことを思い出して下さい。セリアに、ロベルトに、ファン・マルティンとポトティンに、ベアトリスに、みんなにキスをおくります。あなた方には強情な放蕩息子の大きな抱擁をおくります。
 両親への別れの手紙より


とりわけ、世界のどこかである不正が誰かに対して犯されたならば、それがどんなものであれ、それを心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それが一人の革命家のもっとも美しい資質なのだ。――さようなら、わが子たち、まだ私はお前たちに会いたいと思う。しかし今はただバパの最大のキスと抱擁を送る。
 子供たちへの別れの手紙より


こんな言葉を残してキューバを去り、1967年ボリビアの山中でCIAとボリビア軍に殺されたゲバラ。その死を知ったとき、旅行中の若き日のゲバラと出会った人々はどんなことを感じたろう。映画を観て、そんなことを思った。

■参考
角川映画の「モーターサイクル・ダイアリーズ」のページ
http://www.kadokawa-pictures.co.jp/official/m_cycle_diaries/

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/39775362.html
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