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好きと嫌い

ベッドの中で少しずつ目が覚めていくとき、部屋の中に微かに今年最初のキンモクセイの香りが漂っていた朝。パジャマのまま表に出て少しひんやりした空気を吸い込むと、胸の中に満ちた甘い香りで眩暈がする。サンダル履きで植え込みの中のキンモクセイに近づく。まだ夜が明けきらず、ものの形も色もブルーブラックの中ではっきりしない。ただキンモクセイのオレンジ色だけがぼんやりとそこにある。いつも花には必ずそっと手を触れてしまう。両手で包んで花の滑らかな肌触りと、意外な温かみと重みをしばらく愉しむ。秘密の場所、秘密の時間、秘密の世界と睦み合っている自分。こうしてこの宇宙の中にたたずんでいると、今このときが幸せであると同時に不幸せであるように思えて、そしてそれに何の矛盾も感じないのが不思議だ。

なぜわたしはキンモクセイが好きなのか。空を見上げて覚えたばかりの雲の名前を口に出してみるのはなぜか。好きと嫌いの差から何が分るか。

私が思うのではない。思っている私が在るのだ。実は「私が思う」というのは思考ではない。
「?のように思う私は何か」という問をたてることを思考という。
「私は?と思う」というのは、「私は?が好き」というのと同じ思考ではなくて嗜好の領域。
  マラヤ通信 思考と表現についてのメモ

牛男さんのこのメモ的記事の各項目は、わたしの心の中のメモとずいぶん重なったので驚いた。当然展開すればかなり違うのだろうけれど。思考の断片を見るのは、むしろ完成稿より刺激が強いのかもしれない。

今まで生きてきて、僅かな「関心のあること・知っていること」があり、残りの膨大な「関心の無いこと・知らないこと」がある。好き嫌いという嗜好の問題と、人の思考には密接な関係があるような気がする。沖縄のことを考えているうちに、思考の小道を抜けたらそういう「思考の広場」に出ちゃったような感じ。ここでもっともっと考えてみたい。

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/36897709.html
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