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沖縄のこと

教科書検定によって、沖縄戦時の住民集団自決への日本軍の関与を示す記述が削除されたことに対する、9/28沖縄現地での抗議集会以来、風のコメで海風さんがこの問題について集団自決記載問題というカテゴリーで連日記事をあげている。

 匿名性については、ブログで「書く表現」をする際、居住地域も含めて、自分の属性・肩書きなしで勝負したいという欲があったから。
 でも今回、沖縄の抗議大会とそれに対する本土の人々(多分一部の沖縄の人もいると思うが)の反応を見ていて、・・・なんだろ?憤りというか嘆き(嘆きってのはちと大げさだが)というか。居住地や政治的色彩を隠したままでいることはできなくなった。
正直、政治色のある話題について書くのは本意じゃなかった。


政治向きの記事を書くのは荒れる可能性もあって少し怖かったが、海風さんがあえてリアルでの属性をさらけ出して書いている言葉に、やっぱり自分なりに向き合いたいと思った。わたしは本土の人間として、沖縄の人たちに何か「債務」のようなものを負っていると感じる。

何年か前に、北島角子さんの「赤いブクブク」という一人芝居を見て、激しいショックに襲われた。(こちらに簡単なレビューがありました。http://plaza15.mbn.or.jp/~naginon/20050604.html)慶良間での集団自決を体験し生き残った女性が、老年にいたって初めてその様子を娘に語る。晴れ着を着て最後のご馳走を食べ、無邪気に喜ぶ幼い子どもの命を父親がカミソリで絶っていく。例えばこういう体験を多くの沖縄の人たちは実際に体験している。家族・親戚・友人・知人に、集団自決や直接戦闘の犠牲者がいないほうが稀だろう。だが特に自決の体験談は語り継ぐには苦しみと悲しみが大きすぎて、中々具体的に表には出てきづらいものだと思う。今回の検定は、それをいいことに、「軍の自決命令は無かった」と歴史を修正し、軍・国家の責任を薄めようとする卑劣な政治的意図を感じる。

今回の沖縄県民あげての行動に、政府は検定の見直しを示唆した。また、沖縄ではあらためて軍関与の証言の聞き取り調査も始まったようだ。新しい証言で明らかとなる事実も含めて、再び歴史教科書に沖縄戦の真実が記載される可能性が出てきた。沖縄の人々の運動の大きな成果だと思う。

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「沖縄の県民感情」と言ったとき、これは例えば都民感情とか新潟の県民感情と同質ではないと思う。明治になって琉球処分で正式に日本領となるまで、薩摩藩の支配下にあってもなお琉球は独立国だった。当然それ以前は日本列島とは別個の文化を持った国であった。沖縄の長い歴史を見れば、沖縄の人たちが日本人・沖縄県民である時間はごく短い。だから、沖縄県民感情と言ったとき、それはむしろ民族感情に近いのではないかと思う。

わたしは民族感情あるいは民族主義一般を無条件に「良いもの」とは思わないが、少なくとも沖縄の問題に関しては共感するところが大きい。薩摩の過酷な支配、一方的な日本への併合、沖縄戦の悲劇、そして戦後は米軍基地の押し付けと、沖縄が払ってきた犠牲はとてつもなく大きくその傷は深いと想像する。その上に、集団自決は沖縄県民が自発的にやったもので軍や国の責任は無いなどと言われたらいい加減にしてくれ!と叫びたくなるのは無理は無いではないか。教科書検定に対する抗議が、党派の違いや基地に対する現実の態度の違いを超えて、広く沖縄の人たちの声となったのはそういうことでないかと思う。

本土の人間はわたしも含めて、沖縄というとリゾートとか沖縄料理のイメージはあっても、沖縄戦や基地問題への関心は決して高いとは言えないと思う。個人は国家の過去の過ちについての直接の責任は負えないけれど、それを隠蔽し、修正し、きれいにお化粧された歴史しか知らず、また同じような過ちを繰り返すことが無いように、大きく目を開いておく責任はあると思う。

※ブログのお友達のumi_ha_aoさんも以前この問題に関して書かれています。とてもいい記事だと思いますのでご紹介しておきます。
◇沖縄の集団自決◇塗り替えられてゆく歴史◇

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/36801543.html
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