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Rage Against the Machine

燃料値上げをきっかけとしたミャンマーの僧侶・市民の民主化要求・反政府デモに対する、軍事独裁政権の血の弾圧が始まった。僧侶のデモと軟禁中の民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーが接触したことで、政権側は民主化闘争の更なる高揚に結びつくことを恐れたのだろう。実弾発砲も含む街頭デモ・寺院への弾圧と同時に、スー・チーの拘束も行われた模様だ。日本人カメラマンが治安部隊に射殺されるという痛ましい事態も起きた。流血の弾圧は軍事政権の圧倒的な力を示すものではない。むしろ、その末期症状の現われだと思う。遅すぎた開発独裁が多少なりとも国民の消極的支持を得ていた時代が終わり、腐朽した独裁政権が倒れるその予兆だろう。明けない夜はないのだ。


Rage Against the Machine

既に解散しているアメリカのバンド、Rage Against the Machineの1992年のデビュー・アルバム。ジャケットは焼身自殺するベトナムの僧侶ティック・クアン・ドック師。音楽とジャケットがここまで同一のメッセージを放っている例を他に知らない。

ティック・クアン・ドック師は、南ベトナムのゴ・ディン・ジエム独裁政権の仏教抑圧政策に抗議して、1963年6月11日ガソリンをかぶって焼身自殺を図る。燃え上がる炎の中で表情も変えず、声も出さず、命が絶えるまで背筋を伸ばして座り続けた。その年の秋までに6人の僧侶が同様の焼身自殺を遂げた。国民の大多数が仏教徒であったが、フランス植民地時代に富裕層・インテリはカトリックに改宗、ゴ・ディン・ジエム大統領自身も政権の中枢もカトリック教徒で強権的な仏教弾圧を行っていた。

この僧侶の焼身自殺の映像・写真はベトナム国内と全世界に衝撃を与えたが、ゴ・ディン・ジエムの弟で秘密警察を取り仕切っていたゴ・ディン・ヌーの妻チャン・レ・スアン(マダム・ヌー)は、テレビのインタビューでこれを「坊主のバーベキュー」と嘲笑。この発言も一因となり、ゴ・ディン・ジエム政権はベトナム戦争継続の妨げになると判断したアメリカの後ろ盾を失う。その暗黙の了解の下に行われた軍事クーデーターで政権は崩壊、ゴ兄弟は殺害されマダム・ヌーは国外追放となった。

で、バンドの音のほう。いわゆるミクスチャーでパンク+メタル+ファンク+ヒップポポップという感じ。まず音のうねりがものすごい。そこにアジテーションとしか言いようの無いラップが乗り、大音量で聴くと鳥肌が立ちまくる。「Rage Against the Machine=機械に抗する怒り」というバンド名は、単純にとらえられない。思考と感情を持った人間を機械のように扱う、あるいは機械の一部としてしまう、そういう現代のシステムに対する憤激。ウィキペディアでメンバーの経歴を見ると、なるほどな?と納得させられる。

BOMBTRACK

Landlords and power whores
On my people they took turns
Dispute the suits I ignite
And then watch 'em burn

Burn, burn, yes ya gonna burn

地主や、権力に身を売った奴らが
民衆の上にふんぞり返っている
制服を着た奴らに抵抗し、俺は火を放つ
奴らが焼けるのを見てやる

燃えろ、燃えろ、そうだお前なんか焼かれちまえ

※誤訳の可能性あり。。。

歌詞はこちらで見ることができます。

ジョロ?ジャラ?ジョロ! 一歩後退、二歩前進!
Dispute the suitsの気概を込めて、マラヤ通信『ゾンビ』 フェラ・クティ&アフリカ70にトラックバックします!

※追記 2007/10/01
レイジは2007年に復活してました。おまけに、なんとなんと、2008年2月に来日決定だそうです!!行きたい!行かなくては!!!

元記事 http://blogs.yahoo.co.jp/tonko_hard/36571982.html
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