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猫肉食から考える

■一時、犬肉を食べることの是非について話題になった。自分は犬は食べたいとは思わないけど、他国の食文化をとやかく言うのはいかがなものか。というのがわたしの感想だった。ま、フツーの感想だと思う。日本人だって豚でも牛でも食べてるわけだし。犬は可愛いし人間に馴れるし頭もいいから食べるななんて言われたら、可愛くなくて人間に馴れなくて頭が悪いと見なされた動物の立つ瀬が無かろう。鯨食べるなんて野蛮と言われて反発...

ネらやー

モランさんの記事「ノラや」を読む。を読んで。新潟の婆ちゃんが(父方も母方も二人とも)、夏休みにわたしやいとこ達を遠くから呼ぶとき、「ネらやー」と言ってたのを思い出した。今から思うと、「ネ」=「なぁ」=「汝(なんじ)」なんではないかと。新潟弁は、京都から北陸沿いに伝わってきた言葉と、東北の言葉が混じり合ってるようなところがある。「ネ」もきっと京都から北上したんじゃないかな。あと、「○○だから」という意味の...

行く川のながれは絶えずして

私も「死の自己決定権」は、おっしゃるように、「個としてのワタシ」の選択の範囲でしかものを見ていない、人は関係性の中で生きているんだ、だから関係性の中で気持ちも意思も揺らぐんだ、「自分」という曖昧なものもその関係性の中に不確定に存在しているんだ、ということがラチ外に置かれているような気がします。「BBCの司会者が番組で“慈悲殺”を告白」 コメント欄当該記事の論旨にも、コメントの文脈にも直接の関係がないので...

「真実を知っている」という人

真実」は分らなくても、可能な限り「事実」は知ったほうがいい。そして、理解できないものは理解できないと言った方がいい。いや、むしろ、自分の代わりに「真実」を理解し解明し、それをことさらに知らせようとする声には警戒したほうがいい、わたしの理性はそう命じる。熱狂について以前、プリーモ・レーヴィを引用しながら「熱狂について」という一文を書いた。わたしはどうにも「私は、私達は、あなたの知らない真実を知ってい...

わたりとりさんとの対話(3)

■わたりとり【2009/3/14(土) 午前 2:11】少し長いお返事になります。お付き合いいただければ幸いです。私の「絶望、か。便利な言葉だな」という一言メッセージを起点に、トンコさんにたいへん苦しい想いをさせているらしいことは、この一言メッセージを置いた後トンコさんのブログに訪問したときから解っていました。これから書くことはお詫びとしての釈明ではありません。これまでの交流を私が大切に思っているうえでの、トンコさ...

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とことんトンコです

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